兵庫産業保健推進センター所長の、日々の雑感です

「出」と「引っ込み」

 春になると役員交代や引退、退社、入社、そして若い人達の入学、卒業などがあり、悲喜こもごもの感慨に浸ります。

 人との「出合い」はかなり簡単です。初対面はかなり緊張しますが何回か会っているうちに、気心が知れてきて、お互に気持を通じ合うようになります。

 これに対して「別れる」ことははるかに難しいと思います。男と女が愛し合って親しくなるのはきわめて簡単です。けど、「別れ」となると色んなことがからみ合いきわめて難しくなってきます。

 「別れ」の中には色んな別れがありますが、最もやっかいなのは、「死別」です。しかも、すべての人が経験しなければなりません。

 我々は自分の意思ではなく、この世に「生」を受けますが、「死」を迎えるのは間違いなく自分が主役であります。

 私は医師として色んな方々の臨終を見てまいりました。その瞬間とそこに至るまでの過程は間違いなくその人間の一生の集大成であります。いかにうまくその瞬間を迎えることが出来るかは、一人ひとりの大問題でありましょう。

 歌舞伎役者の中村吉右衛門さんは舞台への「出」すなわち登場よりも、はるかに難しいのは舞台から姿を消す瞬間、即ち「引っ込み」であると申されます。

 余韻を残して惜しまれながら、懐しがられながら「引っ込み」ができれば最高です。

 私も今期をもって推進センターの所長を辞したいと思っています。余韻を持ちながら惜しまれながらの「引っ込み」になれば…と願っています。

 長い間、このページを通じて皆々さまにはお世話になりました。また、どこかでの「出合い」を楽しみにしています。

 今後の「兵庫産業保健推進センター」のますますのご発展を祈念してお別れといたします。

 「引っ込み」の難しさを味わいながら…。

 

動と静

「動」と「静」

 我々の生活は「動」と「静」から成り立っています。「動」のあとにくる「静」けさ。速く目まぐるしい時の流れのあとにゆったりとした時が流れていきます。「動」がなければ「静」はありません。何もかも激しかった過去がぴったりと止まり長い静寂が訪れます。

 生活の中だけではなくこのことを強く体験させてくれるのが、音楽であり演劇であります。

 音楽について考えてみますと西洋人と日本人は「静」と「動」の関係はちょっと違うようです。

 日本の音楽、即ち能・歌舞伎などは「間」を大切にします。荒れ狂うほどの激しい音の流れはピタッと止まって恐しい程の静寂を迎えます。この「静」のために激しい「動」がありました。主役は「静」であります。

 一方、西洋の音楽は「動」を引き立てるために「静」があります。ベートーベンの音楽でもクライマックスの前には必ずpp(ピアニッシモ)が続きます。嵐の前の静けさというのでしょうか。そして突然大きく盛り上って音楽は終ります。「動」をひき立たせるための「静」であったのです。

 この順序を逆転して「静」で終っていって大きな効果を生んだ例もいくつかあります。

 チャイコフスキーの悲愴交響曲。ファゴットのつぶやくような低音で始まり、最後の最後も静寂の中に終っています。しかし、主役はその途中にある「動」であることには変りありません。

 しかし、マーラーの「第九」だけは例外です。私は最後の最後に到達する静寂(人によっては臨終を表現しているように思っている人もあるようですが…)には激しい感動すら覚えます。

 この曲の歴史的な名演といわれたズービン・メータ指揮のイスラエルフィルの音楽会に行き合わせたことがあります。

 激しい音楽の流れが続いたあと、大団円を迎えます。ズービン・メータの指揮棒は天を指したままじーっと動かない。あたかも一日中燃えさかったまっ赤な太陽が西の空へ沈んでいくかのように。

 音が消えているのに宙天にかざしたメータの指揮棒はまだ動きません。観客もじーっと息をこらえて待っています。激しい動きのあとでやっと迎えた静寂。この音の停止した「静」のために長い長い四つもの楽章があったのです。

 オーケストラと観客とがメータの指揮棒を凝視して一体となって恐しいほどの静寂の中で「静」に浸り切って感動しています。

 この部分の楽譜も休止符がずーっと並びしかもその休止符にフェルマーターまでついています。

 メータの指揮棒がすーっと降りたところで一瞬を置いて目が覚めたような大きな拍手が沸き起ります。この「静」の表現は本当に見事なものです。

 パーティのあとでも、旅行の終った時でも楽しい時間を過したあとには何んとも云えない「かなしさ」を含んだ余韻があります。

 鵜飼の篝火が消えたあと、まっ暗になった長良川の堤防で一人ただずんだ芭蕉の気持もこれと同じであったに違いありません。

         おもしろて やがてかなしき 鵜舟かな

 「動」のあとにくる「静」の余韻が我々の人生にうるおいを与えてくれているものと思います。

新年のご挨拶

あけましておめでとうございます

今年こそ平穏な一年でありますように祈っております

 本年もよろしくお願い致します

童謡異変-その3-

「童謡異変」 -その3-

”たき火”

♪ かきねの かきねの まがりかど

  たき火だ たき火だ おちばたき

  「あたろうか」 「あたろうよ」

  きたかぜ ぴぃぷぅふいている ♪

    ※童謡 たき火(作詞 巽聖歌)より一部引用しています。

 

 この歌を聞いてほとんどの大人は子どもの頃を懐しく思い出すことでしょう。街角で落ち葉をかき集めて燃やしています。学校へ行く途中、手ぶくろを脱いで小さな手をたき火にかざして温っためたものです。しもやけ「おてて」がもうかゆくなってきます。「どんど」と称してあちこちで「たき火」をしていました。ごく普通の光景です。

 田舎の神社では1月15日の夜、お正月の門松やしめかざりなどをお宮の境内に集めて大きな「どんど」やったものでした。熱風に乗って書き初めが天高く舞い上っていきました。火が鎮まったら今度は焼けあとからアツアツの焼いもを堀り出します。お飾りのおもちもまっ黒になって焼けています。誰にとっても懐しい思い出です。

 この「たき火」という歌は巽聖歌が作詞をして、渡辺茂が曲をつけました。ソラソミ・ソラソミ・ドレミミレ-…と珍しく1オクターブの中におさまっています。ですから、たて笛など七ツ穴があるもので簡単に吹けます。ハーモニカでは四ツ穴の一番小さなので演奏できます。

 NHKで初めて放送されたのは昭和16年12月9日でした。真珠湾攻撃の翌日です。さっそく軍当局から放送中止の命令が下されました。理由は二ツ。落葉も立派な資源である。メシやフロくらいは焚けるではないか。もう一ツの理由はたき火は敵機の攻撃目標になる。というものでした。

 戦後になって、やっと名誉を回復して子供たちに広く歌われるようになりましたが、それも束の間、昭和24年、今度は消防庁から火災教育上好ましくないとクレームがつきました。

 今日では、ちょっとでも「たき火」をしようものなら近所の人達も役人もすぐ飛んできて「環境汚染!」と叱られます。

 落葉と一緒にラップやパックを燃やすと不完全燃焼を起こし、高濃度のダイオキシンが発生します。東京ドームでたまごパックを一つ燃やすだけで環境基準の2倍に達すると云われています。

 童謡「たき火」は、大きな声で唱われたのは昭和20~24年の4年間だけでした。

 戦前、軍当局から叱られ、戦後は消防庁からまた現在では環境庁から叱られ、時代の流れと共に数々の受難に会いました。

 日本らしいごく普通の日常のことが文明の発達と共に少しづつ失われていきつつあります。何か大切なものを確実に失なっていくようで、まことに淋しい気がいたします。

たき火

童謡異変-その2-

「童謡異変」 -その2-

”七つの子”

♪ カラス なぜ啼くの

  カラスは山に

  可愛い七つの子があるからよ ♪

   ※童謡 七つの子(作詞 野口雨情)より一部引用しています。

 

 子供の頃から慣れ親しんだ野口雨情の「七つの子」です。

 夕焼空をねぐらに急ぐカラスがかあーかあーと飛んでいきます。きっとねぐらには七羽の赤ちゃんカラスがお母さんの帰りを今か今かと待っているに違いありません。

 明日もきっと良い日になるだろう。倖せな気持ちが胸一杯に拡がっていきます。

 しかし、これは大正カラスであって今ごろの平成カラスはこんなロマンチックなわけにはいきません。

 朝、明るくなるとどこからともなく生ゴミを求めてかあーかあーと集まってきます。仲間同志が招い合い、ビニール袋を突っ突き合って、やりたい放題の散らかし放題。どんなに工夫を凝らしてもどこからか袋を破ってしまいます。その仲間の仕事を電柱の上でじーっと見張っている奴もいます。人間さまが近づいて「こらーっ!」と注意しようものなら突っかかってくる恐いカラスもいます。

 特に「はしぶとカラス」は大きな口ばしをして悪い奴です。

 都会の生活、食にあふれた我々の生活がこのようなカラスを生んでしまったのでありますから自業自得とあきらめねばなりますまい。 

 

 カラスについてのイメージは古今東西、どちらかといえばあまり良くありません。真っ黒な美しい髪を「カラスの濡れ羽色」と表現することがあります。これなどまだ良い方です。

 ザブンと湯につかってろくすっぽ洗わないのを「カラスの行水」と云いますし、中年婦人の目尻の皺を「カラスのあし跡」と云います。

「カラスの啼かない日はあっても…」というところをみると、昔からよほど喧しい奴と思われていたに違いありません。

 最近では大阪のミナミの繁華街で、女性に声をかけて強引にあやしげな店に連れ込む黒いスーツを着たお兄さん達を「カラス族」と言うそうです。

 シューベルトの”冬の旅”にも「からす」という歌がありますが、この歌は強く「死」をイメージしています。このようにカラスのイメージは古来、まことに暗いものばかりです。

 

 それを明るくしてくれたのが雨情先生の「まァるい目をした良い子だよ」でありました。しかし、平成カラスは、都会でもゴルフ場でもあまり良い子ではありません。

 雨情先生には悪いけれどせっかくのイメージチェンジもまた逆もどり。まっ黒なイメージはまだ当分続きそうです。

インフルエンザよ どこかへ立ち去れ!

インフルエンザよ どこかへ立ち去れ!

 インフルエンザの蔓延が一日も早く、消えてなくなるように祈願して「青不動と2童子」を描きました。拙劣な仏画ですが見て下さい。

 「青不動明王」は、大日如来の化身と云われ、疾病の鎮静や国家の安泰をはかってくれる崇高な仏さまです。

 京都の青蓮院の国宝青不動が唯一の存在です。たまたま現在何十年ぶりかにご開帳されています。(12月20日まで)

 是非拝観してみて下さい。

 私は、新型インフルエンザの蔓延を、強力なウィルスへの突然変異、また鳥インフルエンザや季節型のインフルエンザの蔓延を何んとか鎮静するように、真心をこめて「青不動」を書いてみました。

 きっと私の願いを聞いて下さるものと信じています。

 いつものとおりの平穏な日々が一日も早く訪れますように。

                                      合掌

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童謡異変-その1-

 「このページは何をいつもくだらんことばかり書いてんのんや!」とお叱りを受けています。

 しかし、そもそもこのホームページそのものが、非常に堅苦しいので、どんなに叱られようと「所長のページ」だけはくだらないことを書いてホッとひと息つくページではならないもの。と考えています。

 これからもまたくだらんものにお附き合い下さい。今回からは子供心に戻って「童謡シリーズ」でいきたいと思います。

 童謡も今と昔とでは大いに変化しています。子供の頃、あんなに楽しく皆んなで唱っていたのに今では時代に合わないものが、沢山あります。

 このシリーズではそのいくつかを取り上げてみたいと思います。

 題して”童謡異変”。

 

「童謡異変」 その1

”お山の杉の子”

 ♪ 昔々のその昔 椎の木林のすぐそばに

   小さなお山があったとさ あったとさ

   丸々坊主の禿山は いつでも皆んなの笑いもの ♪

    ※ 童謡 お山の杉の子(作詞 吉田テフ子)より一部引用しています。 

 

 誰もが知っているこの歌ほど可哀そうな歌はありません。

 昭和19年に徳島県宍喰町に住む24才の吉田テフ子さんが懸賞募集に応じて作った詩で、見事に入選を果たしました。昭和19年といえば戦争まっ只中。

 全部で6番までありますがその歌詩の原作は全く戦意高揚を歌っています。

 「大きな杉は何になる。兵隊さんを運ぶ船。傷痍の勇士の寝るお家…

 今に立派な兵隊さん。忠義孝行ひとすじにお日さま出る国 神の国

 この日本を譲りましょう……」

 などという内容でした。そして昭和20年の敗戦で、この歌も抹殺されかけたのですが、あまりに歌い易いし、よく出来ている。ということで、サトウハチローさんが全面改作。占領軍の了解を得てよみがえりました。

 そして、これからの日本を支える子供たちの輝かしい未来を讃える歌として唱われてきました。

 しかし、これも昭和20年代30年代まででした。

 日本中の禿山にどんどん植林された杉の木が毎年3月、4月になるとおびただしい「花粉」を飛ばすようになりました。

 トラックなどのディーゼルガソリンの大量ばらまきと一緒になって、日本人は「スギ花粉症」に悩むことになったのです。

 杉のたどった運命はまことにひにくと云えばひにくです。

 吉田テフ子さんの作った「杉の子」が、敗戦によって全面改作され、やっと日の目をみたと思ったら、ひにくにもその花粉が日本人の多くを悩ますことになってしまいました。

 以前のシリーズで「杉」は日本古来の樹木であり、その古いものには神霊が宿っている日本人の心の魂のようなものだと述べました。

 戦後、植林されたスギも日本の復興に大いに役立っています。

 良いことだらけのスギですが花粉症には全く困ったものです。しかし、その黒幕には「ディーゼルエンジンの排気ガス」があります。

 昭和から平成の激動を生きてきた「お山の杉の子」を思い出して、もう一度声に出して唱ってみて下さい。

杉の子

思いつくまま ― 6 ―

「七」づくし

 今回はラッキーセブンにあやかって「七」という数字にこだわってみたいと思います。

 七回裏、甲子園の夜空に色とりどりの風船が舞い上ります。今年の阪神タイガースは昨年のような勢いがありません。「七転八倒」しています。「七転び八起き」の奮闘を期待しましょう。

  上ったり下ったり目まぐるしく変化することを「七変化」といいます。色んな声を使いわけるのを「七色の声」といい、多彩なものはすべて「七」で表わします。

 世にも不思議な「七不思議」。できの悪い二代目は「親の七光り」というし、ウドンに欠かせないのは「七味唐辛子」。カラスだって何故か「七つの子」です。

 「初七日」「七回忌」など仏事には「七」はつきものですが、「お七夜」「七夕(たなばた)」など楽しいこともたくさんあります。一週間は「七日」ですし、俳句でも和歌でも「五」と「七」でないと調子がでません。

 諺や古い教訓では「七」は大活躍です。最近モノ忘れがひどくなってきましたが、「七度尋ねて人を疑え」という教えがあります。「男は敷居をまたげば七人の敵がある」という戒めもあります。不器用な女でも「色の白いは七難隠す」そうです。「礼記」には「男女七歳にして席を同じうせず」という教えがあります。

 虹は「七色」ですし、トランプだって「七並べ」が一番楽しい。落語の世界では「七度狐」が有名ですし、なくて「七癖」という話もあります。目黒のサンマは「七輪」で焼くのが一番うまい。クリスマスは「七面鳥」ですが、日本のお正月は「七草がゆ」で仕上げをします。

 そうそう忘れてはなりません。黒澤明監督の代表作は「七人の侍」でありました。

 大晦日には奈良や京都の「七堂伽藍」で除夜の鐘を聞き、年が明けたら「七福神」に初詣です。きっと世界中が平和になりますようにお手を拝借、三三「七」拍手でめでたくお開きとしましょう。

 

 

思いつくまま ― 5 ―

 「三」づくしは如何でしたか。

 まだ、新型インフルエンザは収束、どころか県下いろんなところで散発的に発生しています。 

 梅雨前線もこのまま秋雨前線になってしまいそうな不順な天候が続きます。日本列島は総選挙で暑く燃え上がっています。

 何かしら落ちつかない毎日ですが、引き続き、数あそびを続けたいと思います。

 今回は「四」づくしでも。気楽に附き合って下さい。

 

「四」づくし

 「四」という数字は、”死”を連想するので嫌われていますし、生老病死を「四」苦といいます。非常な苦しみのことを「四」苦八苦の苦しみと申します。まさに「四」面楚歌といった感じです。しかし、「四」はなかなかの優れものです。なんとか名誉を挽回してやりたいと思います。

 水泳の決勝。予選で一番良いタイムを出した選手が名誉ある「四」コースです。野球だって最強打者は「四」番バッターです。選球眼の良いバッターは「四」球を選びます。もっともゴルフの「四」番バッターはいただけませんが。

 「四」角、「四」方、「四」面と立体・平面には「四」がつきものです。東西南北も「四」つですし、春夏秋冬も「四」つです。トランプのカードも「四」種類ですし、どのカードも「四」枚づつです。麻雀も「四」人でやりますし、どの碑も「四」枚づつです。机の足も「四」本ですしどっしりとした安定感があります。

 まだまだ「四」は活躍します。お相撲さんはドスンドスンと「四」股を踏みます。算数の加減乗除も「四」則です。江戸時代の身分は士農工商の「四」階級でした。孔子、釈迦、キリスト、ソクラテスのことを「四」聖と申しますし、起承転結など「四」文字熟語もたくさんあります。

 大好きなマンガも「四」コマです。お寺へ行けば「四」天王が守ってくれています。新年度、新学期は春爛漫の「四」月です。

 音楽の基本は「四」拍子です。コーラスだって「四」部合唱が普通です。シンフォニーも「四」つの楽章から成りますし、晩年のベートーベンは弦楽「四」重奏に到達しました。楽器の弦も「四」本です。

 世界の人々はこれからも仲好くしなくてはなりません。「四」海兄弟(しかいけいてい。論語)を祈りながら「四」づくしを目出度くお開きにしたいと思います。

 

思いつくまま ― 4 ―

 新型インフルエンザは県下228名の感染を確認しました。まだ散発的な発生はあるようですが、一応収束したようです。

 また、秋には「第二波」の来襲が予想されています。それまでは少し難しい話題から離れて、数遊び(かずあそび)でもして楽しみたいと思います。

 ただただ気分休めです。仕事の手を休めた時に気分転換にして下さい。

 

「三」づくし

 さんぽセンターを祝って「三」づくしで始めたいと思います。この世の中には一つ二つでは物足りない、四つでは多過ぎる。三つくらいがちょうどよろしい、いや三つでなければダメであるというものが案外とたくさんあります。

 グー・チョキ・パーのじゃんけんも三つです。「赤・青・黄」の交差点の信号機だって三種類。主和音のド・ミ・ソも三音で構成されています。野球だってボールは四つまでですが、ストライクは三つです。ストライクが四つも五つもあったのではしまりが悪い。やはり「三振」がちょうどよろしい。

 陸上競技だって「三段跳び」です。ホップ・ステップ・ジャンプが最もリズムに合っています。

 際立った才能を持っている人は「三拍子揃った優秀な人」と褒めてもらえますが出来の悪いのは「三流」と云われます。

 職場の若手「三羽烏」などということもありますし、会社のお偉いさん方を「三役」ともいいます。お相撲だって小結・関脇・大関は三役です。

 孟子のお母さんは子供の教育のために三回の引っ越しをしました。「三遷の教え」です。如来菩薩は脇侍を左右に侍らせて「薬師三尊」などといいます。

「日本三景」「読書三昧」「三種の神器」「三位一体」などはどうしても「三」という数字がないと成立しません。

 人に何かを頼む時にも「三顧の礼」を尽くします。三人寄らなければ文殊さんのような良い知恵は浮かびません。

 甚五郎さんの彫ったお猿さんも「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿ですし、「仏の顔も三度」という言葉もあります。

 要するに「三」という数字には安定感があります。手ぶれを防ぐためには二脚や四脚では役に立ちません。やはり「三脚」が必要です。

 もうそろそろ種も尽きたのでお手を拝借して「三拍子」。三・三・九度で祝いながら世界の平和を祈ってみんなで「万歳を三唱」してめでたくお開きとしましょう。